僕はいつもセラピストたちのその“才能”に
いつも頭が下がる様な思いを持っていまして
技術名やスタイルなど。どんなにその名や形が変わったとしてもセラピストであり続けている、そんな彼ら。
才能のことを生まれつき、自然に備わっている。とは言いますが、
もしかすると本人たちはまったくそう思っていないかもしれませんが立派な“才能”を有してます
目の前のクライアントの身体に触れることや心に向き合い導き、また道筋を示すことも。そのためのセラピーを用い続け伝え続けることができるのも才能ですし
日々彼らがそのための修練を繰り返し、準備を積み重ね、知識や見識を取り入れて、クライアント一人ひとりをみる(見る、観る、視る、診る、看る)ための姿もまた才能。
たまたまそれを今の時代はサロンやセッションの場など、届ける形として表現されていますが
セラピストにとっての本質はそれら持ちうる“才能”を用い続けているという事とそれらを必要とする人がいるという事実。
これからも社会から求められ続ける以上、一人ひとりのその“才能”から生まれたセラピーは必要とする人の元に贈られ届いていくのだろうなと思ってます