2007年にセラピストとしての活動を始め、2020年から茨城県水戸市にてリラクゼーションサロン「ほぐしと癒やしの店 かいとう」を経営している、かいとう きよしさんのセラピストライフをご紹介します。
彼のサロンのメニューは、全身のもみほぐしや肩甲骨はがし、ヘッドマッサージ、フットマッサージなど。
お客様は30代から50代の男女で、水戸市内だけでなく近隣のエリアからも来るとのこと。
現在、開業から2年半ほどで、これまで順調に業績を伸ばしてきているそうです。
そして、2023年6月に開催された、「JMC日本マッサージ選手権大会2023」のフリースタイル部門で優勝を収めています。
施術の特徴を訊くと、「言語化が本当に自分でできなくて」と少し決まりが悪そうに笑いながらも、こんな話をしてくれました。
「いかにお客様の緊張を取っていくかを常に考えています。最初に軽く触って、それが慢性的な硬さが積み重なったものなのか、一時的な緊張からくる硬さなのかなど調べていきます。施術としては、ただ揉みほぐすだけじゃなくて、筋肉の起始・停止を狙って、お怪我がないように動かせる部分を動かしていくって感じですね。ここではとにかく気持ちよくなって帰って欲しいんです。そのために、お客様の体の事だけでなく、いろいろなことをお聞きして、提供する内容を組み立てながら提供しています」(かいとうさん談)
かいとうさんの経歴については後ほどご紹介しますが、彼の技術はストレッチ、揺らし、ほぐし、可動域調整など、これまで働いてきた環境の中で習得された様々な施術のミックスであるようです。
お客様の体に状態に合わせた、まさに「フリースタイル」の施術スタイルといえます。
また、施術の特徴を訊くなかで、彼が何度も仰っていたのが「自分は治療家ではないので」という言葉。そこからは彼の誠実さと謙虚さが伺えます。
「もし、お客様のご要望が『痛みを治してほしい』ということなら、状況をよく聞いた上で『まず病院に行ってください』って案内しています。自分で行ったことのある治療院や接骨院の中から『良かったら行ってみては』とご提案することもあります。治すのが目的なら、ちゃんと治療を目的とした場所を選ぶべきだと思うんです。ウチの施術でも結果的に痛みが和らぐでしょうけど、治療とリラクゼーションの線引きはしていて、お客様にもちゃんと説明するようにしています」(かいとうさん談)
こうした理由もあって、かうとうさんは施術前のカウンセリングを丁寧にすることを心掛けていて、体の状態やリクエストなどの通常のチェック項目以外に、「過去にどんな施術や治療を受けてきたのか」なども詳しく聞くそうです。
それによって、お客様のご要望に自分が応えられるかどうかを知るとともに、かいとうさんのサロンで提供できるものとの摺り合わせを予めお客様との間で行うということでした。
お客様との認識のズレを事前に取り除いておくことで、施術後に「期待に応えてくれなかった」とがっかりされることを防げるだけでなく、むしろ「(合意できた範囲で)期待通りだった」とお客様の納得感を高めることに繋がるのかもしれません。
かいとうさんが、どのような経緯でリラクゼーションセラピストとして活動するに至ったか、これまでの歩みを伺いました。
リラクゼーションを好きになってもらいたい、一人でも多くの人に。
実は、かいとうさん。若手漫才師を決める大会「M-1グランプリ(2003年度)」で準決勝進出した吉本芸人でした。
「子供の頃からお笑い芸人になりたかったんですか?」と私が問うと、彼は「いや、まったくそんなことはなくて」と首を横に振ります。
彼が芸人の世界を目指したいきさつを振り返っていただくと、その端緒は高校生活を奈良県で過ごしたことにあるようです。
「関西特有の『オモロイヤツがモテる』っていうのがあったんですよね。自分なんか全然面白いとは思ってなかったけど、先輩から『なんかネタやれよ』といじられるような土地柄です。中学生まで全くモテなかったこともあって、女子にモテたいっていう気持ちが湧いてきたのが、芸人を意識し始めた最初だったかもしれません」(かいとうさん談)
もちろん目指してもお笑い芸人になれる人など、ほんの一握りでしょう。
高校卒業が間近に迫る頃、かいとうさんはスポーツ推薦(バトミントンの近畿大会で優勝)での大学進学をするか、専門学校に進んでから就職するかと迷ったそうです。
かいとうさんが出した答えが、「母校の寮で働きながらお金を貯める」というものでした。そして、数年間で貯めたお金で、彼は東京NSC(吉本総合芸能学院)に入学したのです。
かいとうさんは1998年入学の東京NSC4期生で、同期には後のインパルス、ロバート、森三中など錚々たるメンバーがいました。
かいとうさんは、インパルスの板倉さんとコンビを組んでいた時期もあったそうです。
NSCで過ごした頃を振り返っていただきますと、「今思えば、もっと勉強すればよかった。もっとネタを作ればよかった」と、かいとうさんは苦笑いしながら話してくれました。
というのも、方向性に悩んだり、生活が乱れたりした時期があって、結局NCS卒業後にテレビなどのメディアで活躍するような芸人としての順当な進路には乗れなかったのです。
それでも かいとうさんは芸人としての旗を降ろさず、東京で行われる吉本新喜劇の公演、三重県の伊勢戦国時代村や日光江戸村で行われる吉本の舞台に活動の場を求めました。
「伊勢や日光では時代劇つながりで、トリオで立ち回りのあるネタやってたんですよ。チャンバラトリオ師匠が稽古をつけてくれて、自分はバク転とかバク宙とか、アクロバティックなことをやってたんです」(かいというさん談)
かいとうさんがM-1グランプリ(2003年大会)に挑戦し、準決勝に進出したのも、このチャンバラネタでした。
舞台でアクロバティックなネタを披露するようになったことで、かいとうさんは身体のメンテナンスとして接骨院やマッサージサロンによく施術を受けに行っていたといいます。
ゴッドハンドと思えるほどに気持ちいい施術もあり、悶絶してしまうような強い刺激の施術もあり。
気の良いセラピストもいれば、こちらの要望に耳を貸してくれない人もいる。
たくさんのセラピストや治療家の施術を受け続けるうちに、いつしか かいとうさんは「もし自分がセラピストなら」と思うようになっていたそうです。
組んでいたトリオが解散して、将来的に芸人を続けることに悩んでいたこともあり、かいとうさんは「手に職を付けたほうがいいのでは」と考えて、鍼灸や柔整の学校について調べたとのこと。
しかし、入学するにはたくさんのお金が掛かります。
思い悩む かいとうさんにアドバイスをくれたのは、元相方でした。
「まずは、お金がかからずに教えてくれるところに入って、それが続くようなら学校に行くというのでもいいんじゃないか」
その言葉に背中を押されて、かいとうさんは大手リラクゼーションサロンにアルバイトに入り、ストレッチを中心とした手技を教わりながらセラピストとしての道を歩き始めます。
芸人を続けながらの二足の草鞋だったそうです。
大手サロンに長く務める間に、かいとうさんはいくつもの店舗に入り、そこで出会った先輩たちから、あん摩マッサージ、柔整、鍼灸、カイロプラクティック、揺らしなどの様々な手技を教わり、自身のレパートリーに取り入れていきました。
そして、次のステップアップを模索した時に、「やはり国家資格は必要かな」と考えた かいとうさんでしたが、不運にも1次試験に予定が合わず、2次試験で補欠合格を得たものの、定員オーバーで入学は叶いませんでした。
その結果に かいとうさんは「自分は治療家とはご縁がないんだな」と腹を括り、2011年3月の東日本大震災を機に地元に戻って、大手リラクゼーションサロンでセラピストとしての実績を積んでいったそうです。
さらに、各地域で1位の成績を収めているセラピストの施術を受けに行ったり、セラピストとしてお店に入って直に「No.1たる由縁」を探したりと、研究も怠らなかったようです。
こうして、自身も近県系列店で上位にランキングするほどの成績を収めるようになっていったのですが、その一方で本部の方針に従わなければならない立場に、かいとうさんは「もっとお客様にしてあげたいことがあるのに」とフラストレーションも溜まっていったといいます。
かいとうさんが独立開業したきっかけは、新型コロナの流行でした。
当時は、密に人が集まること、不特定多数の人と会うこと、直に接することが憚れる状況に、多くのサロンが悩まされた時期です。
同時に、コロナ禍で苦しむ企業を支援するために、融資も積極的に行われた時期でした。
かいとうさんは「個室で密を避けて、スタッフ1人での対応ならば、お客様を招けるのでは」と考え、思い切って融資に申し込み、2020年の12月に「ほぐしと癒やしの店 かいとう」をオープンさせます。
開業にあたっては、大手サロンから独立したセラピストを何人も訪ねて、サロンをうまく回せる方法を聞いて回ったとのこと。
ただ、時期が時期だったため、オープン初日のお客様はゼロ。
それでも、ご縁のあったお客様1人ひとりの要望に誠実に耳を傾け、応えられることには全力で応え続けてきたことで、徐々にリピーターが増え、サロン経営は軌道に乗ってきたそうです。
そして、冒頭でも紹介したように、かいとうさんは2023年6月に開催された「JMC日本マッサージ選手権大会2023」のフリースタイル部門で優勝を収めました。
彼にこの大会にエントリーした訳を訊くと、こんな話をしてくれました。
「自信があったわけではないんです。ただ、自分の手技はどうなんだろうっていうチャレンジでした。リピートしていただけているので、お客様からの評価はいただけていると思います。でも、プロの目から客観的に見られた時に、自分がどこまでできるんだろうって思ったんです。結果が良ければ、良いブランディングになるんじゃないかっていうのも、ちょっとはありましたけどね」(かいとうさん談)
大会で優勝したことで何か変わりましたか? と私が訊くと、かいとうさんは少し考えてから、
「手応えはまったくないです。まだ、俯瞰で見られていない自分がいて。優勝は嬉しいけど、迷いも出てしまったのも確かです。でも、結局、今のやり方をきっちりとやっていくということには変わりないんだろうと思います」(かいとうさん談)
これからも、かいとうさんはお客様1人ひとりに寄り添いながら、その時その人のために組み立てたセラピーを提供し続けていくのでしょう。
今後は、カウンセリングを含めたサロンワークを再現性のあるメソッドとして確立して、それを伝える形で従業員を育て、ゆくゆくは店舗を増やしていくことも視野に入れて活動していきたい。
かいとうさんは笑顔で、そしてハッキリとした口調で未来の展望を語ってくれました。
「1人でも多くのお客様にリラクゼーションを好きになってほしい。お客様に気持ちよく帰ってほしい」
そう笑顔で語る かいとうさんの頭の中には、きっと既存のものとは違う、新しいスタイルのリラクゼーションサロンの姿が思い描かれているのでしょう。
校長からのメッセージ
「マッサージ選手権大会で優勝した元・芸人のセラピスト」
そんな事前情報から、インタビュー前の私はいつもテレビで見るような芸人像を思い浮かべていました。大声で口達者に喋り続けるようなイメージです。
しかし、かいとうさんと話をして、私のそれがバイアス(偏った見方)であることに気が付きました。
実際の かいとうさんはとても礼儀正しく、言葉を探しながら物静かに話をする方。
私の質問にしっかりと丁寧に受け答えてくれて、きっと相手に対する想像力が高いのだろうという印象を持ちました。
僕はその専門ではないので分かった風に説明するとお叱りを受けるかもしれませんが、お笑いの一つのパターンとして「緊張と弛緩」が重要であると耳にしたことがあります。
たとえば、「何を言っているのだろうか?」「何が起きているのだろうか?」と興味が惹かれると、観る者は耳を傾けるなり、じっと見るなり、なんらかの緊張をします。
そして、その答えが分かった瞬間に緊張が緩み、笑いが生まれるのだと。
この記事を読んでくださる方はセラピストや治療家だと思いますので、「緊張と弛緩」と聞くと自分の施術と重ね合わせてる人も多いだろうと思います。
日常生活で緊張が続いている人の体や心を緩めるセラピーもあれば、あえて強い刺激を瞬間的に与えることで緊張させてその反動で弛緩するタイミングを利用する手法もあります。
こうした「緊張と弛緩」という面では、セラピーの手法とお笑いは通ずるものがあるように思えるのです。
もう1つ、私が関心があったのは、かいとうさんがマッサージ選手権大会で優勝できた要因についてです。
かいとうさんが披露した現場を私が直に観ていないのでお話を伺った印象にはなりますが、おそらく目新しい手技とか、派手なパフォーマンスがあったわけではないようです。
特に心掛けたことを訊くと、こんなことを話してくれました。
「少しでも顔を覚えてもらうように、施術の前に審査員の全員に挨拶に行って、終わった後も審査員の方々に『ありがとうございました』と挨拶をしました。基本的なことですよね、これは。サロンでも、いつもお客さんに対して来た時に挨拶して、お客様のお名前をお呼びして、帰りも『ありがとうございました』ってお見送りするので、同じ事をしたんです。審査員の先生にフィードバックしていただいたのは、『普段からこうしてるのだろうと分かる』とか『丁寧さと謙虚さが伝わった』とか。どうも人間性の部分で評価していただいたみたいです」(かいとうさん談)
もちろん技術力が高いことが前提ですが、お客様に気持ち良くサロンで過ごして、気分良く帰っていただくには、実は人間性がとても重要です。
逆に、いくら腕が良くたってぞんざいに扱われれば、お客様の評価は下がるだろうと思います。
また、お話を聞いて私が推測したのは、かいとうさんは人の目線に対する感度がよいのではないか、ということ。
言い換えれば、人の気持ちが察する能力ですが、他のセラピストとは少し違った発揮のしかたなのではないかと思われるのです。
多くのセラピストが高い共感力を持っていて、お客様が言葉にしなくても、相手がしてほしいことを察することを習慣化しています。
ただ、それはあくまでもサロンという場で、目の前の1人のお客様に対する能力です。
では、衆目に晒された場で、施術対象以外の第三者にじっくりと見られている状況ではどうでしょうか。
そんな状況で普段通りにサロンワークができるセラピストは、おそらく数えるほどしかいないでしょう。
それこそが、芸人として積み重ねてきた経験値がある、かいとうさんならでは強みではないか。
コントの相方を意識するのと同時に、観客の目線を常に意識して、さらに賞レースで審査される舞台にも立ってきた彼だからこそ、心身に染み付いている役者根性のようなものがあるのだろうと思うのです。
このあたりは、銀座のクラブでナンバーワンに輝いたことがある「世界一のセラピスト」、川上拓人さんとも共通する要素なのかもしれません。川上拓人さんのセラピストライフ〜育成セラピスト
つまり、人に観られていることを意識しながらも堅くなったりせず、目の前のお客様に普段通りの態度で人に接することができる。
これは一朝一夕で身につけられる能力ではありません。
かいとうさんが審査員から「普段のサロンワークが見えるようだ」というような評価を受けるのは、審査される場でも「普段通りにできるから」なのだろうと思うのです。
そうした能力は、もちろん通常のサロンワークでも活きているはずです。
セラピストも人ですから、1年中同じ調子でいられるわけではありません。
ですが、サロンに出れば、お客様に「普段通り」の顔を見せ、「普段通り」に施術を提供しなければなりません。
この「普段通り」は、お客様の心の安定につながります。
逆に、サロンに行くたびにセラピストのテンションが違うというのでは、お客様の心は安らがないのではないでしょうか。
元芸人という経験が、今の かいとうさんを作っているのは確かなことでしょう。
しかし、そんな異色さで評価されずとも、彼はすでにオリジナルのスタイルを確立した1人のセラピストです。
バイアスにとらわれていた私自身を反省しつつも、今後の かいとうさんがどんな風にメソッドを継承していくのか、その未来が楽しみになったインタビューでした。
ほぐしと癒しの店 かいとう