群馬県沼田市にて、6年にわたって自宅サロン「ハッピーループ」を経営している、入澤安奈さんのセラピストライフを紹介します。
入澤さんの「ハッピーループ」は、一軒家の一室を改装してサロンとして使用しています。
お客様の多くは、地元に住む40〜50代の女性で、心身の健康の維持・増進のための定期的なケアのために来店するリピーターだそうです。
提供するのは、エフェクティブタッチによるボディとフェイシャルへのオイルトリートメントと、英国式リフレクソロジーを組み合わせた完全オーダーメイドメニュー。
85分のメニューを基本として、オプションを付けた合計で100分ほどのコースを望まれる方が多いそうです。
入澤さんは施術前後のカウンセリングも大切にしていて、最低でも30分、場合によっては1時間近くも掛けているといいます。
カウンセリングでは、前回の来店以降に感じた体の状態や、今後の予定などを伺い、これを元にどんなメニュー構成にするのかを入澤さんが提案するスタイルです。
相手が‟良き変容“を起こしているのなら
そんな彼女がセラピストとして歩み始めたきっかけは、突然にお父様を亡くしたことでした。
その経験から「心身の健康の維持には、病院以外にも必要なのではないか。そんな頼れる場所が地域にないのなら、自分で」という思いになったそうです。
今から16年前に都内でセラピーの技術を身に付け、数年もの間、派遣のお仕事との二足のわらじで様々なサロンに勤務しました。
そうして多くの経験を積むうちに、彼女は自身の「セラピー感」を徐々に自覚するようになっていきます。すると、当時、勤めていた店舗とのギャップに悩むようになったそうです。
そして、自分の「セラピー感」の実現を目指して、2015年に自宅サロン「ハッピーループ」を開業します。
実は入澤さんとのインタビューの中で、「セラピー感」というフレーズを何度も耳にしました。
彼女のいう「セラピー感」とは、人にどんなセラピーを提供したときに、幸せを感じられるか?ということ。
「心理学者アドラーの言葉に“幸せというのは貢献感を得たときに感じられるものだ”というものがあります。私はこれに共感を覚えるのです。相手に“あなたのお陰で”と言ってもらえなくても、あるいは相手に気づかれていなくても、私のしたことが相手に“良き変容”を起こしているのならそれでいい、というような感覚。それが私の“セラピー感”の原点なんです」(入澤さん談)
そうした彼女の「セラピー感」の追求は、施術時間だけに限定されていません。
お客様の感情を波立たせることなく、フラットな感覚のままに施術を受けて、翌朝に元気になっている自分に気づく。
そんなさりげなく、自然なサロンワークを、入澤さんは心掛けています。
彼女自身が「サプライズ」をするのもされるのも苦手なこともあって、目に付くような演出はしていないそうです。
こうした一見して静かに見えるスタイルが、実はどれほどエネルギーを費やすのか、どれほど頭をフル回転させて、心を砕くことになるのか、想像に難くありません。
例えば、スリッパのサイズも、踏み台の高さも、荷物置きの位置も、すべてに違和感を感じさせることなく、お客様をお迎えする。
そして、自然なカウンセリングのなかで、そのお客様に今、必要なアプローチを考えて、違和感なく施術を工夫を加える。
お客さんに気づかれないように準備をし、言葉にできない状態も察して、お客さんに気を遣わせることなくすべてを実行していく。
そういう意味でも、エフルラージュ(軽擦)をベースとしたエフェクティブタッチこそ、入澤さんのセラピー感に実にマッチしてるのではと思えました。
「お客様が目標に向かって加速しているのか、減速しているのか。それを促進したほうがいいのか、あるいは行き過ぎているから休んでもらうのか。毎回、お客様を見ながら、話を聴きながら、今必要なことは何かを考えています。感動を与えるというよりも、不快なことをゼロにするって感じでしょうか」(入澤さん談)
きっと幸せの連鎖は次々とつながっていく
入澤さんは、来店するお客様が元気になることだけでなく、さらにその先も見据えてセラピーを提供しています。
つまり、元気になったお客様が仕事や家庭などに戻って、そこでベストパフォーマンスを発揮したときに、その好影響を受けて元気になる人もいるはずだということ。
例えば、母親が笑顔なら、その家庭の子供たちも元気になるでしょう。
職場でベストパフォーマンスを発揮すれば、職場仲間もお客さんもその恩恵を受けることになります。
このとき、ベストパフォーマンスを発揮した本人も貢献感から幸せを得られるのです。
きっとその幸せの連鎖は、次々とつながっていくはず。
こうした幸せの連鎖こそが、サロン名の「パッピーループ」の由来なのです。
人それぞれにベストパフォーマンスを発揮したい場所やタイミングがあって、入澤さんはそれをカウンセリングの中で聞き出し、そこに向けて必要なセラピーを提供することを心掛けているそうです。
「仕事でも、家事でも、ライフワークでも、ベストパフォーマンスを発揮して“輝いたぞ”って思える時が誰にでもあると思います。そして、それを受け取った相手に何らかの良き変容が起こったとき、パフォーマンスした人も貢献感が得られていく。受け取った側も“なんかいいものをもらったわ”とつながっていくのです」(入澤さん談)
もちろん、ベストパフォーマンスを発揮するには、心身共に健康であった方が良いわけです。だからこそ、幸せの連鎖のスタートにセラピストがいる。
これが入澤さんの「セラピー感」なのでしょう。あるいは「セラピー環」とも表現できるのかもしれません。
今後、将来的に質の高いセラピストの育成に携わることも考えているそうです。
それが、セラピストだけでなく、その先にいるお客様を幸せにすることになるはずと、入澤さんは笑顔で語ってくれました。
校長からのメッセージ
入澤さんのサロンに来るお客様は、月に1、2回のペースでの来店し、滞在時間はたいだい3時間ほど。平均単価は1万円くらいだそうです。
お客様のほとんどはリピーターで、まれにリピーターから新規のお客様をご紹介いただくので、積極的な集客活動はしていないそうです。
「ハッピーループ」がある場所は、入澤さんいわく「周りはこんにゃく畑で、用がなければ絶対に通らない場所。交通量のある道路からも離れていて、夜になると真っ暗になる」そうで、新規のご予約の際には、丁寧にご案内するようにしていると言います。
そんな郊外の地域であるがゆえに、都会とは違った難しさがあることを、入澤さんは話してくれました。
まず、「サロン」というものに馴染みがなく、「きっとお金や時間に余裕がある人が行くところ、私にはとても縁がないもの」と思われて、地域の人たちも最初は遠巻きにするだけで近づいてこなかったそうです。
また、地域の住民の関係性が濃いぶん、ともすると閉鎖的な部分があることも難しい要素と言えるのではないでしょうか。
たとえば住民がいくつかのコミュニティに分かれているなどして、どこかに与すると、別のコミュニティと付き合いにくくなるような、そんな難しさもあることも想像できます。
ちなみに彼女は、どのコミュニティにも属さずに、心理的に一定の距離感を保つことようにしているとのこと。
たとえば、お客様に同じ業種の方が複数いる場合、どの方のお店にも行かないようにしているそうです。
「セラピストとお客様」という距離感を保っているほうが、かえってお客様も安心して心を開いてくれるといいます。
入澤さんは、自分のサロンのことをお報せするときには、詳しくメソッドのことを伝えるよりも、自分の「セラピー感」を伝えることを優先した方がいいとも教えてくれました。
「最初は、ハーブとか精油のこととかを、毎日SNSで発信していたんです。でも、見てくれる人はいても、予約にはつながりませんでした。それなら、自分が行ってみたいなと思うのはどういうものだろうと考えたときに、やっぱりセラピストがどういう人か分からないとだめだなって思って」(入澤さん談)
その気づきをきっかけに、彼女は「自分がなぜここで開業しているのか」「どんな思いを持っているのか」をいくつかの記事にして、ブログやFacebookにアップしていったそうです。
すると予約が入るようになったと、入澤さんは語ってくれました。
さらに、入澤さんは、来店してくれたお客様には、時にA4用紙5枚にもなるようなレポートを送っているとのこと。
そこには、カウンセリングで聞き取ったお客様のご要望や状態をもとに、どのように施術方針を決めて、今後どうするのがお勧めなのかまでを書いているそうです。
そんな「本気のメッセージ」をお送りして、それを見て信頼をしてくれる方が、ずっとリピーターとして彼女のサロンにやってくる。
つまり、入澤さんの「セラピー感」にマッチした人が通い続けてくれているのです。
今回、入澤さんのサロンのお話を聞いているうちに、私は学校の保健室を思い浮かべました。
保健室は、学校内ではある意味で独立した、どの学年の、どんな生徒も受け入れる場所です。
もちろんどんな養護教諭がいるかも大切で、いつでも話を聞いてくれて、本気で向き合ってくれるの先生がいる保健室は、そこを必要とする生徒にとって唯一無二の安全地帯であるはずです。
現実問題として、ふっと休みに来られる安全地帯は、大人にも必要でしょう。
ならば、セラピストのいるサロンとは、実は保健室のようなものなのかもしれない。
入澤さんの優しさあふれる笑顔を見ながらそんなことを考えたインタビューでした。
ハッピーループ