先日、とあるセラピーとは別の勉強会のあとの懇親会で。
『どんな人とこういった場にいたい?』みたいな話題となりまして。
僕は固定のセラピスト組織に属していないのもあってか色んな人と色んなシーンで懇親会の様な場に参加しますが、実はこの話題。
なんだかみなさん楽しそうにスイッチが入るんですよねぇ。
集まった中でのセラピストの先輩後輩序列とかとは別の、人の見方みたいなのがテーマとなると。キャッキャ言いながら。
で、先日の場では『地頭(じあたま)のいい人』と言ってくれた人がいて。
あーそうそう!とそこでも盛り上がりつつ。
僕が社会に出て間もない、それこそ20代前半から後半にかけてのことを思い出してました。
当時はひたすら。
自分に対しての万能感を求めてました。
なんでもできちゃうニンゲンがカッコいい!と。
器用さやスマートさこそが全てだ!と。
身近でちょっとそんな(っぽい)シュッとした人がいたら。
カッコから言い回しから真似して。
その結果としてどうなったか?
すごく地頭(じあたま)が悪くなっちゃいまして。
そりゃそうだ。
見栄と小さなプライドでできた立派なフルフェイスヘルメットをかぶりながら懇親会でおつまみ食べてるみたいなもんですから。
きっとそういった時に僕とその場で出会った人は、究極にツマンナイニンゲンだったでしょうねぇ。。ごめんなさい。
しばらくして。
自分の足りなさを明確に自覚するようになりまして。
もちろんそれは仕事のスキルとかそういうのより、人としての足りなさなんですが。
自分の足りなさを自覚したり語ったりする中で、そこから徐々に地頭も柔らかくシワシワになってきたのかな?って。
もちろん。セラピストたちとの懇親会の場で人としての足りなさだけを互いに悲しく語るわけではありません。
実はその部分こそがそのセラピストのキラリと光る個性や魅力であったり、エッジの効いたポイントだったり。
僕の場合はそこから全国規模の交流会組織『ホメゴロシの会』(現在は元祖だけを残し発展的解散)となっていくんですから。人生よくわかりませんよね。
僕と人としての足りなさを語り合いたい人はまた是非ご飯でも食べましょ。(文責:谷口晋一)